CHEF & EGGS
食材のルーツを知るほど、
料理の世界観は変わる。
秩父「cucina salve」坪内浩シェフが、
鶏と畑から考えるこれからの食
cucina salve(クチーナ・サルヴェ)

Profile
坪内 浩
埼玉県秩父市のイタリアンレストラン「cucina salve」シェフ。自らを「種をまく料理人」と呼び、畑で野菜や果物、小麦を育てながら、約200羽の鶏とともに暮らし、自然養鶏による卵を日々の料理に取り入れている。地域資源を活かした循環型の食づくりを実践し、食材の背景や命のつながりを伝えるレストランを営む。
FOOD MADE GOODアニマルウェルフェアアクションキャンペーン2026 アンバサダー
埼玉県秩父市にあるイタリアンレストラン「cucina salve」。シェフの坪内浩さんは、自らを「種をまく料理人」と呼ぶ。畑では年間150種類以上の野菜や果物、小麦を育て、約200羽の鶏とともに暮らしながら、自然養鶏による卵を日々の料理に使っている。
坪内さんが大切にしているのは、食材のルーツと向き合うこと。誰が、どこで、どのように育てた食材なのか。その背景を知るほど、料理の世界観は変わっていくという。自然養鶏を始めたきっかけ、鶏たちとの日々、卵のおいしさ、そしてアニマルウェルフェアやケージフリーへの考えについて聞いた。
Question.
自ら鶏を育てるという今のスタイルに行き着くまでのストーリーを伺えますか。原体験となった出来事も含めて聞かせてください。
坪内浩さん|cucina salve
もともと、養鶏はいずれやりたいと思っていました。2011年に小川町の農場で循環型農業を学んでいた時に、畜産を農業の中に組み込むと、エネルギー効率がとてもいいということを知ったんです。野菜を育てること、畑をつくること、動物と一緒に循環をつくること。そのつながりを学んだ時から、いつか自分たちの農場でも自然養鶏を取り入れたいと思っていました。
実際に始めるきっかけになったのは、当時一緒に働いていたスタッフから「小規模で養鶏をやってみたらどうか」と提案されたことでした。最初は40羽くらいからのスタートです。始めてみて気づいたのは、自分たちの暮らしや地域の中に、まだまだ活かせるものがたくさんあるということでした。産業廃棄物と呼ばれているものの中にも、エネルギーとして使える可能性がある食材がたくさん廃棄されている。それなら、その資源を鶏たちの餌として活用したい。地域の中で生まれたものを、もう一度命の循環の中に戻していきたい。そういう思いが自然養鶏を始める大きな理由になりました。
Question.
卵を「仕入れる」のではなく「自分で育てる」を選んだのは、なぜですか。
坪内さん
ひとつには、自分自身の体験があります。僕は子どもの頃、化学物質への過敏症やアレルギーが多くあり、動物性たんぱく質もほとんど摂取できなかった時期があります。卵に関しても、卵白や卵黄そのものというより、洗卵に使われていた薬剤や、鶏が摂取していた抗生物質、ワクチンなどの影響だったのではないかと言われています。正確な原因はわかりませんが、自分自身が健康な卵を食べたいという思いはずっとありました。
もうひとつは、イタリア料理にとって卵がとても大切な食材だからです。イタリア料理は、いわゆるマンマの料理、郷土料理が土台にあります。パスタをつくる小麦、パスタを練り上げる時に使う卵、日々の料理に欠かせない野菜。そのすべてを自分たちで育てることができたら、自然に寄り添った、一貫したレストランができるのではないかと思いました。
卵を買うのではなく、鶏から育てる。それは僕にとって、単に食材を確保することではなく、料理の背景そのものを自分たちの手でつくっていくということなんです。
Question.
どんな環境で鶏を育てていますか。毎日の世話で大事にしていることや、こだわっている餌のことを教えてください。
坪内さん
僕たちは自然養鶏というスタイルを選んでいます。大切にしているのは、鶏を大地から切り離さないことです。きれいな空気があって、健康的な水があって、そして何より大切なのが餌です。
餌は単一の飼料を与えるのではなく、秩父地域から生まれてくる未利用の食材を発酵させてつくっています。友人の豆腐屋さんから出るおから、秩父の酒蔵から出る米ぬか、規格外の麦やくず米、洗浄して乾燥させた卵の殻などを混ぜ、そこに畑でつくっている腐葉土堆肥を少し加えます。腐葉土の中にいる微生物の力で発酵が進み、一晩で55度くらいまで温度が上がります。悪い菌やウイルスは淘汰され、有益な菌が増えた、ほかほかの発酵飼料になるんです。
レストランから出る食品残渣も発酵を介して鶏たちの餌になります。僕たちのレストランと暮らしには、生ゴミというものがほとんど存在しません。みんな鶏たちの餌になっていくんです。
毎日の世話で一番大切にしているのは観察です。鶏たちも生き物ですから、一羽一羽みんな個性が違います。餌の食いつきが悪いなとか、一羽だけ隅でうずくまっているなとか、そういう小さな変化に気づいたら、隔離して保護したり、いじめられないようにしたり、健康を取り戻したらまたグループに戻します。僕たちの意識がいつも鶏たちに向いている。それを彼女(鶏)たちが感じることで、鶏と僕たちの間に信頼関係が生まれるのではないかと思っています。
Question.
毎日、生きている鶏たちと向き合いながら厨房に立つ料理人は、日本でもとても少ない存在だと思います。鶏たちと過ごす日々の中で、料理人として、また人として、見えてきたものがあれば教えてください。
坪内さん
卵に対する見方は大きく変わりました。卵というと、健康食品とか、バランスのいいたんぱく源というイメージを持っている方が多いと思います。僕自身もそう思っていました。
でも、自分で鶏を育てて、有精卵をかえしてみると、卵というもののすごさがよくわかります。ひとつの卵の中には、一羽の完全なひよこをつくるための栄養素が入っています。多すぎることもなく、少なすぎることもなく、完璧なバランスで整っているからこそ、健康なひよこが生まれてくるんです。
そう考えると、「何々の栄養価が何倍あります」とか、「何々の成分が通常の卵より多く入っています」といった広告を見ると、少し違和感を覚えるようになりました。僕にとって理想的な卵は、何かの成分だけが強調された卵ではありません。一羽の健康なひよこになる可能性が高い、より自然な卵です。これは、自分で卵をかえしてみなければ体感できなかったことだと思います。
Question.
自分の鶏の卵を市販の卵と並べた時、割った瞬間、焼いた瞬間、口にした瞬間、どこで一番違いを感じますか。それが一番伝わる一皿を挙げるとしたら?
坪内
最初に驚いたのは、割った瞬間の色です。自然養鶏を始めて、自分たちの卵を初めて割った時に、「こんなにレモンイエローなんだ」とびっくりしました。僕自身も、オレンジ色が濃い卵ほど栄養価が高いと信じていたところがありましたから、あまりにも色が違って驚きました。
僕たちの卵は、黄身がこってり濃厚というタイプではありません。どちらかというと、あっさりしていて、自然な味です。旨みとしては少し弱いと感じる方もいるかもしれません。でも、その分すっきりと身体の中に入っていくような食べやすさがあります。特に特徴的なのは、卵白の強さです。メレンゲやスポンジケーキをつくった時の泡立ちは、他の卵とは比べものにならないくらい違います。
一方で、色をつけたい料理にはオレンジ色が出ないという面もあります。イタリアには卵黄を使ったタヤリンのようなパスタがありますが、僕たちの卵でつくるとレモンイエローになるので、見た目のインパクトは少し弱くなるかもしれません。でも、それも自然な卵の個性だと思っています。
料理で一番伝わりやすいのは、野菜を入れたフリッタータです。自然養鶏で育てられた卵は、輸入穀物やトウモロコシを使っていないので、皆さんがイメージするような卵臭さがほとんどありません。野菜と合わせると、とても優しい味わいになります。子どもでも食べやすい、身体にすっと入ってくるようなフリッタータになります。
Question.
食材の背景を知ってもらうことで、お客様の表情や反応が変わったと感じる、印象に残っているエピソードはありますか。
坪内さん
エピソードは本当にたくさんあります。食というものは、日常の中で当たり前のように毎日あります。でも、食の現場と、自分が食べるという現場があまりにも遠くなっていると感じます。自分が毎日食べているお米が、どのように育てられているのか。自分が食べている卵が、どのように生まれているのか。そこまで考える機会は、一般的にはあまり多くないのかもしれません。
だからこそ、ひよこの状態から毎日欠かさず世話をして、成鶏になるまで育て、一羽一羽の健康に配慮しながら、餌を与え、水を替えて、そうやって産んでくれた卵なんですとお伝えすると、お客様の表情が変わります。涙を流して「美味しかったです。ありがとうございます」と言ってくださる方もいます。食材の裏にある物語を伝えるだけで、こんなにも食事の感動は変わるんだと、日々レストランで感じています。
だから僕は、ただ料理を販売して、「美味しい」と食べてもらって対価をいただくだけではなく、生産者の思いや、命の尊さも一緒に感じていただける時間をつくりたいと思っています。
Question.
コストも手間もかかる選択だと思います。それでも続ける理由は何ですか。「おいしさ」と「生き物への配慮」は、シェフにとって対立するものでしょうか。
坪内さん
よく「大変じゃないですか」と聞かれます。レストランの仕事だけでも、仕込みをして、料理をして、接客をして、片付けをして、本当に大変です。そこに畑があり、養鶏があり、小麦づくりまであります。大変なのは間違いありません。でも、何より楽しいんです。自分で育てた野菜で料理をするのは、すごく楽しい。自分たちの鶏が産んでくれた卵を使って料理をするのも、すごく楽しい。食材と自分との関係性が深ければ深いほど、料理は楽しくなります。
たとえば、コンビニやスーパーで無作為に選んだチョコレートと、自分が一番大好きな人からもらったチョコレートがあったとします。同じチョコレートだったとしても、きっと大好きな人からもらったものの方が美味しく感じると思うんです。僕にとって、お店で使っている食材は、すべて自分と関係性があります。だから料理をしていて楽しいんです。
一方で、美味しさだけを追求すると、環境に負荷がかかることもあると思います。だから僕は、美味しいものをどこまでも追求し続けるというより、そこにある、あるがままの本来の味を認識することが大事なのではないかと思っています。その卵の味に喜べる人間であること。おいしさと、生き物への配慮は、僕にとって対立するものではありません。むしろ、生き物や環境にきちんと目を向けることで、食べる喜びはもっと深くなると思っています。
Question.
これから飲食店や、卵を選ぶ私たち一人ひとりが何かを変えるとしたら。シェフとして何を伝えたいですか。
坪内さん
アニマルウェルフェアという言葉は、ここ数年、レストラン業界でも耳にする機会が増えました。ただ、実際に意識しているレストランは、まだまだ少ないと思います。
その理由のひとつは、畜産の現場を、料理人も消費者もあまりにも知らないということだと思います。自分たちが使っている肉や卵が、どのような環境で生産されているのか。その現場との距離が、とても遠くなっている。だからといって、現在の畜産をただ否定するだけでは前に進まないと思います。大切なのは、どうしたら動物たちの幸福に配慮した農業や畜産ができるのか、その情報をもっと共有することです。
生産者と消費者、料理人と食べる人をつなげる場が増えれば、もっと意識は変わっていくのではないでしょうか。僕たち一人ひとりが食品を購入する時、その選択は投票になると思っています。環境に配慮されたもの、動物の幸せに配慮されたもの、そうした食材を一つでも多く手に取ることが、未来につながっていく。すべてを一度に変えるのは難しいかもしれません。でも、日々の選択を少しずつ変えることで、未来は僕たち自身で変えることができると思っています。
飲食店という場所には、そのきっかけをつくる役割があります。食べてもらって、「美味しい」と感動してもらう。その感動をきっかけに、食材一つひとつの背景を考える時間が生まれる。卵を選ぶ時も、ただ価格や見た目だけで選ぶのではなく、その卵がどんな環境で生まれたのか、どんな鶏が産んでくれたのか、少しだけ想像してみてほしいです。食材のルーツを知ることは、料理人だけのものではありません。食べる人にとっても、日々の選択を変えるきっかけになると思います。